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The transcontinental Journey
by Hirokazu KOBAYASHI and his '95 XL 883




MMI卒業後の1ヶ月を利用して出かけた全米バイクツーリング。
小林泰一さんから写真と文章をお借りしての、ツーリング日記です。
(バイクの紹介はこちらから)

(写真をクリックすると大きな写真をご覧頂くことができます。)
(MMIの卒業式にはご家族も日本から出席。皆で旅行をした後、バイクの一人旅が始まりました。)
Day 1 最悪の出だしで、アメリカ横断の旅が始まった。
母たちとの旅行で運転しっぱなしでバテバテだったので出発を一日遅らせる予定が、結局一日半遅れた。しかも、自慢のデュアルキャブが旅行初日に死んだ…。エンジンスタート時、キャブが大きなクシャミをしたらその衝撃でマニフォルドが落ちた…。直してもまた近いうちに同じことが起きそうな気がするので、路肩でシングルキャブに変更。今日は結局300キロ程しか移動できなかった。8/6にスタージスに到着予定なのだが、イエローストーンにも寄りたいし。イエローストーンまでまだ1400キロもある。明日・明後日は今日の倍以上進まなくては。厳しいなぁ。早く寝なきゃ。
ブライス・キャニオン アーチーズ モニュメントバレー



Day2にして最長走行距離を達成、Day3にしてトラブル遭遇、Day4にしてオイルLow。
(2日目)

遅れを取り戻すごとく、物凄く頑張った。朝9時出発の23時半着。計14時間のライド。走行距離は864キロ!(540マイル)。
途中ラスベガスを通過。ラスベガスはおもちゃ箱をひっくり返したような町。思わず(ハーレー・ダビッドソン・カフェに)立ち寄って昼飯を食べたのでした。メニュー書きも「前菜」ではなく「キックスタート」、「ソフトドリンク」が「スタンダード・ルブリカント(潤滑油)」、「サイドメニュー」が「サイドカー」。洒落てました。
写真左:アリゾナとネバダ州境にあるフーバー・ダム  写真右:ハーレー・ダビッドソン・カフェ

(3日目)
走行中にブレーキペダルがもげて脱落。ま、これも自作パーツなのである意味想定内。DIYショップで部品(ガス管)を買い、ハーレーショップで紹介してもらった旋盤屋で穴をあけてもらい装着。作業は簡単なのに結局3時間も費やした。
(
写真は道を間違えてU-turnしたところ)
(4日目)
朝、モーテルを出るとき何気なくエンジンオイルをチェックするとオイル量が「LOW]のライン。自宅を出発するときは「HI」だったのに。ハイウェイを長距離走ってたとは言え3日で下限まで達するとは。イエローストーン国立公園内のガソリンスタンドでハーレーのエンジンオイルを売ってたので即効購入して継ぎ足して事なきを得る。想像以上のオイルの減りにびっくり。



そして、イエローストーン。

イエローストーンがあんなにデカイとは知らず、午前中には回り終わると思っていたのが甘かった。結局全部見切れず、しかも公園内だけで150キロ以上走り回ることに。想像以上なのはデカさだけでなく、自然の美しさも。シカだけでなく、クマ・バッファローに遭遇しました。アリゾナの砂漠もすきだけど、やはり森の緑と渓谷が作り出す絶景の方が個人的には癒されます。
Yellowstone公園の川沿い 川を渡るバッファローの群れ 吹き出る火山ガス




Day 5 朝いきなり立ちゴケる…。

荷物のおかげで格段にバランスが悪い。堪えていたがついにやってしまった。幸いサイドの荷物がクッションになりバイクのダメージは無し。ひと安心。


(写真)
右:この後この虹は両端まで完全につながりました。

左:犬をこうやって牽引している人もいました。




Day 6 いよいよスタージス。
いよいよスタージス。バイクもフロントフェンダーとウィンドシールドを取ってスタージス仕様。キャブも懲りずに2つに戻しました。今日だけで何千台のバイクとすれ違ったことか?対向車線からは湧き出したように次から次へとバイクが現れて通過していく。
スタージスメイン通りに到着。これまたあり得ない量のバイクが道路の端と真ん中に止まってる。何千台の中の一台に過ぎないが、そこに混じって駐車できたことが妙に嬉しい。通りには幾つもの屋台とお土産や。言ってみればバイカーの為の縁日のようなものだろうか。バイクのパーツなどを扱ってる店は少なく、Tシャツや革ジャンなどを扱ってる店が多かった。
途中日本風に言うと「バケツをひっくり返したような雨」に見舞われた。町のスピーカーからも豪雨と洪水の注意報のアナウンスが流れる。みんなお店の中に避難。もちろん自分も。Tシャツとチャップスを買ってしまったものこの避難の間。ようやく雨が上がり道路が乾き出した頃、周りのライダーと帰路につく。帰りがけ、偶然に学校の先生に遭遇。電気のお爺ちゃん先生。スポーツスターとウルトラをトレーラーで牽引していた。



増えた体重10ポンド(45キロ)

近くのバーで30センチ長のピザを満腹になりながら完食。この旅初のアルコールも堪能。と言ってもビール小びん2本だけ。それでも疲れてるので十分体に沁みます。最近鏡を見てビックリ。旅の初めより顔が丸くなってる。30センチのピザを食ってりゃ太るのも無理ないが、最大の問題はアメリカンな食べ物ばかり食べてるせいだろう。日本食が食いたい!

このところ距離をかせぐため、朝飯を大量に食って夜まで食わないで走り続けるパターンが多い。腰痛防止のサポーターが腹も一緒に締め付けてくれるので、走行中(装着中?)はあまりお腹がすかないのです。そして宿についてサポーターをはずすと途端に腹が減ってくるのです。




最大のトラブルに遭遇!それはDay 8。
ありえない事に、バルブステムが裂けて空気が漏れていた!ちょうど緩んでる部品があり、点検のため高速を降りようと減速を始めたところ「!!!真っ直ぐ走らない!!!」しかもどんどん揺れが大きくなりコントロール不能状態に!なんとかコケずに踏ん張り、出口にたどり着く。「やば、前タイヤパンクだ!」と思い確認してみて絶句。「バルブステムが裂けてる!!」こんなのあり得ない。タイヤのパンク修理キットは持ってるが、バルブステムの損傷はかなりの想定外。バルブステムはここ一年以内に新品に換えているし。これはこの場では自分では修理できない。しかも畑のど真ん中。携帯も圏外。たまに走ってくる車を無理やり止めて電話を借りるもしくは、電話のあるところまで連れてってもらおうか。と頭をよぎる。とりあえず「ガソリンスタンド1.6キロ先」の標識をあてに行ってみる事に。

運が良い事に、そこのガソリンスタンドに車用のバルブステムがあり、修理してもらう事ができた。しかも、車体をジャッキアップしてタイヤを浮かしただけで。タイヤもリムから外さず、クランプと馬鹿デカイプライヤーとプライバーで、リムとタイヤに隙間を作りそこからバルブシステムを取り換えてた。タイヤ交換のマシンがなかったとは言え、考え込む事もなくいきなりこの方法で交換に取り掛かったのには恐れ入った。自分だったら間違いなく「タイヤチェンジャーなしでまずタイヤをどうやって外そう。」って考えるはずだから。これが現場のワザだな。と勉強させられました。
バルブステムの破損は運が悪いが、それでも高速を120キロで走行中にバランスを失わなくてホントに良かった。最寄のガソリンスタンドがたまたま修理できる工具を持っていた事も運が良かった。もう少し遅かったら店も閉まっていた。今回の事もそうだし、天気もなんとか持ちこたえてくれてるし、少々問題はあるが全体的に運が良い。この先もそうであって欲しい。もちろん自分も最大限に気をつけて旅を続けるつもりです。


Day 10にしてミルウォーキー、ハーレー工場見学!
今日はついにハーレーの工場を見学できる日。そのため昨日は目いっぱい走ったのです。見学ツアーの受け付けは午後2時まで。12時前に工場に到着。しかしツアーのチケットは既に完売(チケットは予約無しの先着順)。「ツアー前のビデオ鑑賞のみのチケットなら」ということでビデオ鑑賞チケットを渡された。ビデオ終了後、ガイドのお姉さんに聞いてみる。「あの〜、このチケットってビデオだけですよね?」「いいえ、ツアーもできますよ。」「???」そういう訳で分けが分からないまま、無事工場見学できたのでした。工場見学は2、30分くらいで何がなんだか良く分からないうちに終わってしまったけど。
この工場とよく写真で見るハーレービルは別のところにある。ここまで来たらあのビルも見なきゃ!ということで行ってみる。ミルウォーキーの町を迷いながらようやくあのビルを発見!訪問者用入り口のドアを入ると!?そこは普通の会社の受付。ここは事務所だけでお土産なんか無いらしい。アメリカ人でも同じことを考えてる人は沢山いるみたいだ。自分以外にも勘違いして「Tシャツ売ってないの?」なんて聞いてる人が一杯いました。何だかんだで工場も見学できたし、有名なハーレーのビルも見れたし。とても感激な一日。



Day 12で思わず感慨にふける、そして人助けをする。
道を間違えました。ハイウェイ80を進むつもりが何時の間にはハイウェイ94を北上していた。このままではカナダに突入してしまう!予定ではハーレーのペンシルバニア工場に行くつもりだった。でも既にミルウォーキーで工場見学したし…。予定変更が頭をよぎる。このまま進んでカナダを通ってナイヤガラを見てからニューヨークも悪くない。でも、アメリカへの再入国は時間が掛かるらしい。しかも再入国予定日は日曜日。超混雑が予想されて2時間もありうる。2時間の渋滞にハマッテ、その間中ハーレーのクラッチレバーを握り続ける自身は自分には無い。でもナイヤガラ、もう一度見たい。ナイヤガラはアメリカ側からも見える。5年前出張の時カナダからみたナイアガラを今度はアメリカ側から見るのも悪くないなぁ。と言うわけでナイアガラを見に行く事に決めました。

(朝、モーテルの駐車場で)
午後2時頃無事到着、5年前滝を見ていた場所を対岸から眺める。「自分はあの時よりも成長しているのだろうか?」などとちょびっと感傷に浸ってみたりする。夜遅くにキャンプ場に到着し、レストランもしまっているのでしょうがなくガソリンスタンドでサンドイッチを購入する。スタンドも閉店で表に追い出され一人寂しくサンドをかじってると、若者2人組が給油に現われる。しかしスタンドは既に閉店。ドア越しに中の店員に「ガス欠でもう走れないのでガスをちょうだい!」とお願いするも可愛そうに相手にされない。予備タンクに2ガロン(8リットル弱)入ってるのを思い出し、若者におすそ分け。アメリカでは今のところ助けられることの方が多い。たまにはこんなのも良いかも。



Day 13にして大陸の反対側に到着!駐禁をとられる!
アリゾナを出発し13日目、ついに大陸の反対側に到着。日が暮れる前にクラスメイトの実家に到着。友人の両親に挨拶した後、お世話になる妹夫婦のアパートへ移動。ビールで乾杯する。写真に取り忘れましたが、妹夫婦の家にはネコが3匹。内一匹は27ポンド(12キロ)と言うデブネコです。友人の話によると、たまに窓に飛び乗ろうとして届かず無残に壁にぶち当たり落ちるそうです。
初っ端エンパイヤーステートビルへ上りマンハッタンを一望して戻るとショッキングな出来事が。駐禁を取られてしまった。ちなみに罰金は95ドル(約1万円)。高すぎ!
翌日友達の勤めるカスタムショップの片隅を借りてオイル交換をさせてもらう。ついでにフットペグの部品を交換したり、さらに転がってる材料でキャブレターの雨避けを作ったりさせてもらう。


Day 17 久しぶりの日本食。
忌々しいニューヨークを脱出し、ワシントンDCを通過しバージニアへ。途中道に迷いこの日も到着は夜。友達はバイクの仕事が見つかるまでの間、友人の会社で大工の手伝い中。夜は友達が手伝いをしてる大工の棟梁夫婦と一緒に食事。バッファローのハンバーグを注文。イエローストーン公園でバッファローの大群を見た後なのでちょっと心が痛むが?味は最高でした。翌朝は友達が仕事の為早めの就寝。そして朝5時にバージニアを出発したのでした。もちろんこの旅最も早い時間の出発です。


(日本にいたときからの友人宅に泊めてもらう)
隣のメリーランド州へ約2時間。友人夫婦に会うのも久しぶりで楽しみだが、
彼女の日本で生まれた娘と彼女が飼っているネコに会うのも待ちきれない。と言うかこっちの方が楽しみだりする。

今回も道を間違えるものの幸い大したロスもせず到着。みんなが玄関前で迎えてくれた。
朝早かったのでちょっと昼寝(というか朝寝)をさせてもらう。
それとこの家ではもう一つの楽しみが。それは久々に和食が食べられる事。
とりあえず、白飯が腹いっぱい食べられるのが嬉しい。
白飯、餃子、味噌汁を作ってくれた。やっぱ日本食は最高です。(餃子は日本食じゃないけど)


Day 21〜24 電車に乗る/どうしても走りたい南端キーウェストのセブン・マイル・ブリッジ。
フロリダの南端(キーウェスト)に7マイルブリッジというのがあるのですが、その橋は7マイル(約11キロ)海上すれすれを走る道(橋)になっていて、そこを走るとまるで海の上を走っている様だと聞いていました。なので、この旅の途中でどーしても寄りたかったのです。でも日程は限られてる。そこであれこれ調べてみると、バージニアからフロリダまで車・バイクを積んで走れる電車があることを見つけた。友人宅で思わず4日もお世話になって美味しい食事もたらふく食べさせてもらいました。 丸3日もバイクに乗ってないので、ちょっと感覚がおかしくなりそう。気を引き締めて明日旅の後半を始めます。

(今までの工程をまとめました。 )
赤色=今まで通ってきた道(□が宿泊地)
青色=電車で通過するところ
黄色=後半の予定ルート
(オートトレイン)
バイクを台車に固定してチェックイン。電車に乗ると外見によらず結構きれい。 席も広く足も思いっきり投げ出せる。しかも隣は空席! 電車は始発駅のロートンと終着駅のサンフォードを16時間半かけて進む。さらに変わってることにこの路線は途中駅が無い。 そして夕食も朝食も込み。しかし、とりわけやることが無かったので乗車前に買った新聞を真面目に読んでみたりした。 久々に辞書を使うような英文を読んだ気がする。 そんな感じでやっとフロリダに到着。ちなみに1時間半遅れ。この電車は?遅れるのが普通らしい。

行ってきました、Key West。キーウェストはアメリカ本土最南端でもあるのです。
そして、通ってきました、7マイルブリッジ。 メチャメチャ綺麗でした。

久々にシーフードパスタ食べました。ボリューム満点、味も最高でした。ついでに、特大アイスも!
それにしてもフロリダの空は青いです。


そして、復路の旅。
いよいよ大詰め。
楽しかったフロリダを脱出し、今はテキサスのダラス。
キーウェストからの帰り、フロリダ名物のストームの洗礼を受ける。2台前を走る車が見えないくらいの大雨。路肩に避難しようかとも考えたが、(このバイクはウィンカーが無い。もちろんハザードランプも点灯できない)路肩に避難してくる後続車に突っ込まれかねないとの判断で、先行車のテールランプをひたすら追いかけて走り続ける。ブーツはもちろん、靴下もパンツもビチョビチョ。その後、友達の家に移動。翌朝は友達と5時おきで釣りに出かける。カヤックを海に浮かべ優雅に釣りを楽しむ。一匹も連れなかったが、かわりにイルカの群れと遭遇!総勢20頭と言ったところだろうか。イルカはカヤックの真下を優雅に泳いで行った。

昨日はもとクラスメイトの勤めるルイジアナのハーレーショップに行くも、友達は既に帰宅。近くに宿を取るも、何だか怪しい地域。少々の不安の中眠りにつく。幸い、自分もバイクも問題なし。朝クラスメイトに挨拶をして、その後はダラスまで一直線。今日は750キロを走破。

残りも後わずか。後2・3日でいよいよフェニックスに到着予定!次の日記はアパートからになるかも。 バイクもかなり疲れ気味。 我愛車様。残り数日、よろしくお願いします。



Day 31
昨日はテキサスのダラスから800キロ走り、ニューメキシコの端に到着。 UFOで有名なロズウェルから50キロほど南のキャンプ場。 今朝「パチパチ」と言う音で目が覚める。時間は朝の6時前。 「隣のテントの人が、朝飯を作ってる火の音かな?」と、また寝る。 6時半ごろ、携帯のアラーム音で目が覚める。「パチパチ音」はまだ続いている。 「!!」とあることに気付きテントの外をのぞく。 雨。「パチパチ音」は雨がテントに当る音だった。 空はどんよりしてるけど小雨だし、シャワーでも浴びてる内に晴れるかな? なんて思ってるとどんどん雨は激しくなっていく。
Day 32
昨日はほとんど雨だった。しかも山越えの途中、小雨・気温15℃の中を走る。夏なのにスウェットシャツと革ジャンを着ても寒い。あり得ない。でも行きたかった、ホワイトサンズ国定公園の時は何とか天気が持ってくれた感じ。雨で湿った砂丘じゃなく、さらさらの砂丘に登りたかったんだけど。晴れてくれただけありがたい。贅沢は言えません。そして今日も一日雨っぽい。一応チェックアウトのぎりぎりまで雨が止むのを待ってみるけど。最後にまとまって雨に降られた感じ。でも、後は家まで気をつけて帰るだけ。でも、後は家まで気をつけて帰るだけ。 早く家で湯船に浸かりたい!

やっとPhoenix。
途中まで小雨が降ったり止んだりの天気。 Tucsonを過ぎたところから、雨も上がり気温も上がってきた。 これぞアリゾナ、いよいよ戻ってきたな。と実感。 午後4時。無事アパートに到着。 洗車中に1箇所、大きな問題を発見。 見つかって良かったのと、高速を走行中何も起こらなかったことに感謝。 全走行距離、8,496.5マイル(13,594.4キロ) 兎に角、無事に帰ってこれました。


計33日、全走行距離8,496.5マイル(13,673.76キロ)。一日の最長走行距離540マイル(869キロ)
全経費2730ドル(約320,000円)。 
ガソリン代600ドル(約70,000円)、宿泊代896ドル(約106,000円)、バイク関連185ドル(21,000円)
走行中最も寒かったのは華氏55度(摂氏13度)のブリッジマン(ミシガン)、クラウドクラフト(ニューメキシコ)
走行中最も暑かったのは華氏130度(摂氏54.4度)、ボウルダーシティ(ネバダ)  (気温差 華氏75度、摂氏24度)
(バイクにつけた温度計で。)
宿泊先はホテル9泊(44.99〜152.90ドル)、キャンプ8泊(21.19〜35.95ドル)、友人宅14泊、電車1泊
最近はキャンプ場でもワイヤレスでインターネットができる。凄い時代です。
ガソリン消費約190ガロン(719リットル)、給油回数87回(プラスマイナス1回)
落し物はブレーキペダル、ヘルメットのシールド、バイクカバー、スイスアーミーナイフ。




旅行の日程に小林さんの工夫がありました。

それはビザのこと。正確にはI-94のこと。
ビザというのはあくまでも入国許可で、滞米ステータスとして万能無敵ではありません。
滞米ステータスを合法的にするのが、このI-94(アイ・ナインティフォー)。
注意すべきは、I-94は学校を卒業=期限の終了で、以降の滞在は、違法となること。

が、ここに、グレースピリオドと呼ばれる期間があり、
学生ビザの種類によりI-94の日付から1ヶ月〜3ヶ月の引越し期間が付加されるのです。
MMIの場合はグレースピリオドは1ヶ月。つまり卒業後は長期旅行の計画を組めません。
そこで一計を案じて、スタージスの時期にあわせ、
在学中1回だけ許される6週間の休暇を小林さんはとりました。


最後に残った6週間のアーリーモデルプログラム前に6週間の休暇。
卒業式は、学校のシステム上、同期で入ったクラスメートと同じ日となったため、
小林さんはまず休暇前に卒業式に出席、
6週間の休暇をとった後で、また学校に戻り、アーリーモデルプログラムを受講したのでした。